PARRYとは何者か──AIが精神疾患を「模倣」した衝撃のチャットボット

はじめに:ELIZAの次に登場した「問題児」

1966年に誕生したELIZAは、AI会話の原点として人々を驚かせました。
しかし、その5年後──1972年、さらに衝撃的なチャットボットが登場します。

その名はPARRY(パリー)
開発者はスタンフォード大学の精神科医ケネス・コルビー。
彼は単なるカウンセラー役を超えて、「妄想型統合失調症の患者」をシミュレーションするプログラムを作り上げたのです。

「AIが人間の病を模倣する」──これは当時の研究者や医師にとって、期待と同時に不安を掻き立てる出来事でした。


PARRY誕生の背景

精神医学とAIの融合実験

コルビーは精神科医として、「精神疾患をコンピュータ上でモデル化できないか?」と考えていました。
目的は単純な娯楽ではなく、精神病の理解と臨床教育への応用でした。

その結果生まれたのがPARRYです。ELIZAが「人間らしい会話」を目指したのに対し、PARRYは「妄想的思考パターン」を再現することに挑みました。

名前の由来

「PARRY」という名前は「かわす」「受け流す」を意味する英単語 parry から来ています。
患者が問いかけに対して回避的・被害的に返答する様子を表現しているとも言われています。


PARRYの仕組み

ELIZAとの違い

ELIZAは単純なキーワード置換でしたが、PARRYはより複雑な**内部状態(belief system)**を持っていました。

  • 「周囲に脅かされている」
  • 「FBIに監視されている」
  • 「他人は信用できない」

こうした被害妄想を内部変数として保持し、会話の流れに応じて反応を変化させる仕組みを備えていたのです。

返答の特徴

例えば、ユーザーが「天気がいいですね」と言うと:

  • ELIZA:「天気がいいと、あなたはどう感じますか?」
  • PARRY:「天気なんて関係ない。やつらは俺を監視しているんだ」

……このように、会話がどんなに日常的でも、必ず「監視」「脅威」「不安」などの文脈に引き寄せられるのが特徴です。


有名なエピソード:精神科医との対決

1970年代初頭、コルビーらは興味深い実験を行いました。

  • 一方の端末に精神科医
  • もう一方にPARRY

精神科医はテレタイプ端末を通じて会話を行い、相手が「実際の患者」か「プログラム」かを判別するテストが行われました。

結果は驚くべきものでした。
精神科医の半数近くが、PARRYを本物の患者と区別できなかったのです。

これはELIZAの「ELIZA効果」を超え、チューリングテスト的な議論を一層加速させる出来事となりました。


実際にPARRYと会話してみると

当時の再現コードを使って触れてみると、その妙なリアルさにゾッとします。

:「こんにちは」
PARRY:「挨拶なんか無意味だ。お前は俺を試しているんだろう?」

:「ただ世間話をしたいだけですよ」
PARRY:「そんなこと信じられるか?FBIの回し者か?」

──正直、ちょっと怖い。
ELIZAが“人工無能的かわいさ”を持っていたのに対し、PARRYは「不安定な人間性」をリアルに演じている分、生々しく感じられます。


社会的インパクトと議論

医療教育への期待

コルビーは、PARRYを「医学生の教育に役立てたい」と考えていました。
実際、模擬患者としての利用は一定の効果がありました。

倫理的懸念

しかし同時に「病を模倣するAI」がもたらす倫理的な議論も巻き起こりました。

  • 本物の患者との混同リスク
  • シミュレーションが偏見を助長する可能性
  • 精神疾患を「単純化したプログラム」に落とし込むことの是非

これらは現代においてもAI倫理の重要な論点となっています。


現代から見たPARRYの価値

AIの「人間模倣」への一歩

PARRYは世界初の「人格を持つAIプログラム」とも言えます。
内部に信念体系を持ち、会話に一貫した“世界観”を反映させる点は、現代の大規模言語モデルにも通じます。

現代のAIとの比較

  • ELIZA → カウンセラー役(オウム返し)
  • PARRY → 患者役(被害妄想のシミュレーション)
  • ChatGPT → 汎用の会話パートナー

それぞれの時代に応じて「人間らしさ」を追求してきた歴史が見て取れます。


まとめ:PARRYは「人間の闇」を映す鏡だった

PARRYは高度なAIではありませんでしたが、「精神疾患を模倣するAI」という存在は、人間と機械の関係に新たな問いを突きつけました。

  • 患者をリアルに模倣した内部状態モデル
  • 精神科医さえ欺くリアルさ
  • 医療教育の可能性と倫理的課題

AIは「人間らしさ」を模倣すればするほど、私たちの心を映し出す鏡になります。
ELIZAが「人間の投影欲求」を示したなら、PARRYは「人間の不安や闇」を示した存在でした。

AIは本当に人間を理解するのか?
それとも、人間の心の影を再現しているだけなのか?

PARRYはその問いを、50年以上前から投げかけていたのです。

こちらでPARRY風のチャットボットで遊ぶことができます。

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